フェアリーウォール



これは本当にあった話です。

 JAVAを学生達に教える初日の朝だった。ボクは早めに学校に到着していて、相変わらず
缶珈琲を飲んでいた。飲みながら夏季集中講義の生徒しか来ないはずの、まだ誰も居ない校舎
を歩いていた。いつもなにかを始める時は、大抵飲んでから物事をすすめるのだ。
 誰もいない所で珈琲を飲んでいるとさすがに朝でも少し寂しい気分になる。だからボクは校
舎の中を歩きながら飲んでいた。飲み歩きってお行儀悪いんだけどね。でも誰も見て居ないか
らいいや。
 その時、ボクは黒く動いている物体を見つけた。遠くだったので、それは輪郭を作りだすの
に少々の時間がかかったが、それはやがて虫である事が分かるようになってきた。――最近視
力落ちたな、トホホ――
 その時見ていたのが喋々。信じられないくらい大きいクロアゲハがそこに居たのだ。
 でもそのクロアゲハは、ガラスが邪魔をして外に出れないでいた。
 始めはどうでもいいやと思って珈琲を飲みながらそいつを眺めていたんだけれど、だんだん
喋の事が哀れに思えてきた。なんてことだ。こんな朝っぱらからどうでもいいような問題に悩
まされることになるとは。今ボクはそいつを救ってやるか救ってやらないかを考えているのだ。
JAVAのプログラムよりも、アルバイトよりもだ。
 ボクは蝶に近づいていき、ガラスで出れない蝶の後ろまでやってきた。そして、そいつを両
手ですくった。
 彼は最初自分を襲う物だと思いその手から逃れたがったが、この手が自分を助けてくれる物
だとすぐに分かったようだった。
 彼の行動はさっきと打って変わったようにボクの手のなかで飛ぶようになっていたのだ。
 それからボクは蝶を傷つけないようにそっと透明な壁の外へ逃がしてあげた。
 蝶は振り返りもせずまっすぐに四階の校舎を飛び越えて行った。
 ボクが蝶を救ったはずなのに、その時ボクはとても救われたような気がしたのだ。

あとがき。

だからボクはフェアリーウォールというサイト名にしたのかもシレナイナ。///
それにしても不思議だな。これを書き切るまではそんな事に気づきもしなかったんだから。