弾打線不快速



――――――――――――――――――Fade in―――――――――――――――――
 電車の中だ。
 ボクは右から左へと勢いよく流れて行く風景を、暗鬱な赤色の座席に座り眺めていた。特に
観ていたのは、遠くの家や景色ではなく、すぐ目の前を凄い勢いで通り過ぎる、電柱と電線だ
った。中だるみにより一定時間で上下に移動するように見えるそれを、何故か薄いクリーム色
のミルキーなアコースティックギターを持ちながら、退屈さも手伝い眺めていた。
 そして、急に歌を歌いたくなった。電車の車輪とレールの起こす振動のせいだ。その一定時
間に流れる調子の良い渇いた音は、ボクに普段聞きなれたメトロノームを想起させた。もうそ
うなってしまったら、目の前の上下する電線は楽譜にしか見えていない。電柱と電柱の間が一
小節と言った具合だ。
 でも、必要以上に動く電線とは関係なしに、「世界で一つだけの花」を弾きはじめた。
 周囲には、携帯電話でメールをしている人や、新聞や小説など読み物を読んでいる人、はた
またお菓子を食べている人が居たけれど、周囲はどうあれ関係ない事にした。
――ジャカジャンジャン~♪世界で一つだけの花~一人一人 あーげられ ませーん。
その花を探す事だけに一生懸命になればい-よ~ぅ♪――
 ひたすら、馬耳東風に歌い続けた。しかし馬耳どころか、周囲は不思議なくらい無反応で、
本を読んでいる人も、メールをしている人も、まるでボクが居ないかのように、その作業に没
頭していた。まるで自分だけ違う世界から、無意味にこの電車の映像を見せられているような
気持ちになった。目だけが、不幸にもその電車に置き去りにされてしまったのだ。そんな気
分だった。
 間もなく電車は、どこか名も知らぬ駅に停車した。
 またドアが閉まり、電車が一瞬忘れていたかのように、わずかな沈黙の後、動きだした。
モーターが回転して、スピードが早くなるに従って高速ギアに自動で移っていく。高速ギアに
なるにつれ、モーター音は序々に低くなっていく。
 周囲が無反応なのでやけくそになって、ボクは停車しても、まだずっと弾き続けていた。す
ると、なにやら嫌な臭いがしてきた。それは決して電車の、モーターの焼ける臭いではない。
三ヶ月、いや半年以上風呂に入って居ない乞食のような、猛烈な刺激臭だ。
 それは、たった今ボクの隣に腰掛けた男から臭ってきた。
 隣の男は、太った相撲取りのようなずんぐりした格好で、顔はパンチパーマを施した高見盛
にスルドく似ていた。大体この男は何故こんなに臭いのだろう。ただ臭いだけではなく、色も
随分黒ずんでいる。よく見ると体中に汚れが付着しており、見るからに不潔だった。一刻も早
くここを立ち去りたい気分に、一瞬でさせてくれた。
 この臭いは実は何を隠そう、ハンパではない。プ~ンやツーン、と言うより、プェエェエ~
ン?(途中音程を情けなく揺らす感じで、しかも疑問符)という臭いだ。臭いの程度が想像を絶
しているのでこんな表現になってしまったけれど、自分の認識する範囲ではこのような擬音に
なるのだ。
 一応きりの良い所まで、さっき歌っていた歌を終わらせようと思った。何人かはすでに、臭
いに耐え切れず、別の車両に移って行ったのだが、周りにはこの臭いに気づかないかのように、
辛抱強くまだ多くの人が座っていた。恐らく我慢しているのだろう。大して暑くないのに、額
に汗を浮かべている人も居る。ボクが歌っても退かなかったのに。
 間もなく、歌を歌いきった。ボクは鳴き終えたオスのセミのように、そそくさとその場を立
ち去ろうとした。ギターを白いハードケースに仕舞い、ポケットを調べた。席をたつ時にポケ
ットを調べるのがボクの癖なのだ。おかげで忘れ物というものをした事がない。ボクの良い特
徴の一つだ。
 そこでボクはあるはずの物がないのに気づいた。財布の方はきちんと右のポケットの中に入
っているのだが、左ポケットの中にいつも入っている携帯電話がない。空っぽなのに気づいて、
あわてて座席を振り返った。
 そこには、ボクの携帯電話を手にとって眺めている、悪臭男がいた。突然の事に唖然として
しまった。我が目を疑った。
「ふ~ん。。。」
 その男は、メールを開いて、ボクの友人から来た受信メールを、気だるそうに一通づつ見て
いたのだ。あまりの事に気が動転した。ボクの携帯電話を何時の間に盗っんだ。
「おい!返せよ!」
 その男の持っている自分の携帯をひっつかんでとりあげると、男は無表情で、くちをぽかー
んと開けたまま、ボクを見つめた。
「何勝手にとってんの~?ふ~ん。。。だと?ハ?」
 ボクは最近まれに見るほど、思い切りブチキレた。おまけにパニック状態にもなっていた。
きっと、男の許せない悪臭もそれを手伝ったろう。怒りの頂点に達し、自分でも信じられない
ほど、強烈に罵声を浴びせた。 
「あ、、、あ、じゅみましぇ・・」
 男があわてふためき、口をもごもごとさせる。
「あじぇじぇじゃねえから!ざけんな!」
 すみませんと言おうとしたのは分かっている。でも、もう彼の言っている事はどうでも良か
ったのだ。怒りに任せ、すぐにその場を立ち去り別の車両へ移った。
――――――――――――――――――Fade out――――――――――――――――

あとがき。
 夢です。現実にあったらちょっと修羅場になりそうですね。。。ハイ♪(ぉ
 あ、主人公がギター持ってますけれど「深夜のギター弾き」とは一切関係ないです。(笑)
 多分この夢を見たのは、数ヶ月前臭い乞食が電車の中に入ってきて、座席に思い切り横にな
って寝ていたのを目撃したのが原因だと思います。彼の荒みようが、ボクに強い衝撃をもたら
せたのでしょう。あれは、物理的な臭さの他にも、何か社会へ訴える臭さがありました。借金
地獄の慣れの果て。。。別に乞食が臭いからって、差別するわけではないのだけれど。せめて、
深夜の公園でもいい。体を洗ってかわかしてから車両に乗って欲しいものダ。
 あとですね、「世界で一つだけの花」はもちろん某人気グループの歌っている、、、
アレの、改造です。(爆)でも、自分としてはなかなか上手い替え歌をつくったなぁ~と思っ
ています。実際に歌いたくはありませんけれどネ。出来栄えの判断は各々個人にお任せ致しま
す♪周囲の精神的な気温が十度以上下がる事うけあいっ!(爆)