死んだオレ



オレは19歳の冬、心臓麻痺でしんでしまった。
その日親が来ることになっていたのが幸いして、オレの遺体は葬儀されてすぐに火葬されることとなった。
川を渡り終えて、それからすべて何も見えなくなった。オレ自身の体が見せた幻覚である。
しかしその後は体は死んでいくので、後は体の知ったことではない、オレは気がついたら、遺体だけがハッキリとみえる
暗闇に寝そべっていた。そこには何十人もの遺体が仰向けに並べられていた。そしてオレ自身もそこにいた。
中には起きて話をしているものがいた。しかし、話している者達は、明るくも無いし、そして暗くも無かった。
オレは今居る場所がようやく分かった。オレは骨壷に収められていて、すでに墓の中に居るんだ。
隣の女の人が話し掛けてきた。死ぬ前の自分の形をしている、そしてオレもここに居る全員もだ。
「ねえ、あなたは何故死んじゃったの?」
無表情で話仕掛けてくる。オレも無表情で答えた。
「オレは、心臓麻痺かな、、きゅうに心臓が締め付けられて、息が出来なくなってそのまま、家族はどうして居るだろう。」
 変だった、オレは死んだ、家族だってすごく悲しんでいるはずだ。それなのに、オレにはまったくの感情が
消えてしまったようになっているんだ。苛立つことを考えても哀しいことを考えても、そのはずのそれぞれの感情が、
まったく機能しなくなっていた。
「・・・感情が・・・ない・・・」
すると隣の女の人が言った。
「当たり前よ。感情は、人間だった頃の脳で生まれるんだから、火葬されて骨になっちゃったんだから、もうその必要も無いわ。」
「・・・そう・・か。」
「もういいの、もう何も考えなくて、」
「でも、脳が無いのにこうやって話せるのは、」
「それは精神の記憶よ。」
「精神?」
「そう、脳に蓄えられた情報は、精神に渡されるの。」
「そうか、、、もしかしたらそれで走馬燈が見えたり、今までのことを覚えているのか。」
「でも、その記憶もやがて消滅するわ。アルツハイマーみたいに、49日でね。」
「しじゅうくにち。。。か」
オレは死ぬと言う事を、死んでからあらためて分かったような気がした。
しかし、もう覚えるという事は出来なくなっていた。精神だけじゃ覚える事は出来ないようだ。
「あたし、本で読んだ事があるの。臨死体験をした人の本よ。そこに書いてあったのよ。」
「・・・消えちまうんだやっぱり・・・」
哀しいはずだった、オレの存在があと49日で消滅する、しかし、感情を失った今では悲しいと言う気持ちも起こらない。
「大丈夫よゆっくり消えていくはずだから、胃酸が食べ物を溶かすようにじわりじわりとね、あたしはまだ死んでから、
あなたくらいしか経ってないから、まだ生きていた頃の記憶はあるわ。」
「君はなんで死んじゃったんだ?」
「行きてくのがイヤになったの、ただただ勉強してそれから就職して、その先に何があるというの、働いてお金を稼いで、食べて生きて稼いで、
食べて生きて稼いで、それから知らず知らずのうちに年をとっていくの・・・楽しい事なんか何も無かった。
ずっと一人よ、、、結婚も考えなかった、一人でずっと暮らすんだって思ってた。でもそれがいけなかったって思ったときには、
もう遅かったの。。。毎日同じ日が過ぎていくばかり、ただ無限回廊のメビウスを、幾度も回っていくだけだった。
そのメビウスから逃げたかった。だから首つって死んじゃった。」
「・・・輪廻もメビウスじゃないのか?」
 その時後ろのほうのおばさんが水面へ顔を出しに行くように上の方へと泳いで行った。
「あの人はどこへ行くんだ?」
「私達の生きていた所、ここから上にまっすぐ行くと行けるの、でもここに必ずかえって来る事、ここで待って、消えるのを待つのよ。
じゃないと、悪霊になって二度と生まれ変わる事は出来なくなるわ。」
「・・・うん」
 オレは泳いで行った、記憶は出来ないはずなのにオレはその事は覚えた、やがて水面のような地面へ出た。
そこはお墓だった。オレの実家の近くのお墓だ。静かな冬の冷たい風が流れている、家族の涙のようだった。
温度も感じる事は出来ないが、そのような気がした。足がついている。よく幽霊といえば足がついていないとされているが、
ちゃんとある。オレは歩いてお墓から出て行った。とりあえず歩く、いくら歩いても疲れない、時々、幽霊だから空も飛べるんじゃないか
と思ってジャンプして見せたが、2mまでしか飛び上れなかった。そのまま町中へ入り、へいを飛び越えて民家を貫通した。
時々庭に犬が居るんだが、犬だけには気付かれた。オレに向かって吠え掛かってくる。でも気にはしなかった。
それから、行きてるうちには出来ないことをやってみようと思った。レストランで無銭飲食、でも幽霊であるオレには
人に出された目の前にあるご馳走を食べたいという気持ちも無かったし食べようとしても貫通する。だが自動車の屋根に乗っかりそれを移動手段とした。
「何か気持ちは生きていないか・・・」
オレは電柱をするする登っていき、そのまま飛び降りた。でも痛くも怖くも・・・楽しくもなかった。
 駅前にも行った。オレが生きていた頃良く行った駅前、そこで車にひかれてみた。体を通り抜けていった。なにもかも、何も感じなかった。
駅前で相撲取りの背中にのっかってポカポカと頭をたたく風にみせたりスカートの下を寝そべって見たり、、、何も感じなかったので空しくなってきた。
それは、人間をまるで他のどうでもいい動物と見ているような状態だった。そんなこんなで夕暮れになり、
自分の墓の近くまで、車(の屋根)に乗って帰ってきて、飛び降りた。お墓の近くの道をそれからゆっくり歩くと、道端に鳥の雛が、
うずくまっているのを見た。
 上には鳥の巣があるが、カラスに襲撃されたのであろうか、めちゃくちゃだ。オレは雛を見殺しには出来ない、感情ではなく精神が
オレに働きかけた、だが鳥の雛を手にすくおうとしたが、通り抜けてしまう。どうしたら良いものか。。。
 前の方からその時女の子が歩いてきた、この女の子に助けてもらえないかオレは女の子をみながら鳥の雛に話し掛けた。
「おい雛鳥よ、オレみたいに死ぬんじゃないぞ、、、」
そうすると、雛鳥は今までうずくまっていたが急に千鳥足で走り出し、女の子の前に転んだ。そして
ぴぃぴぃ、と鳴くのである。
「あ!かわいい」
女の子が歓声をあげた。
「どうしたの?お家はどこ?ぴーちゃん。」
女の子は雛鳥をもってそれから木の上を見た。少し驚いていたようだが。。。それから雛鳥を暖かく見た。
「・・・わたしがあたらしいお母さんだからね。ぴーちゃん。」
すると女の子は雛鳥を連れて走っていった。オレは、それを無表情で見、それからお墓に潜っていった。

おわり。